本稿で報告されている通り、2023年にはAIがバイオテクノロジー、医療、金融、教育など多くの産業に変革をもたらした。とはいえ、AIは多くの課題にも直面しており、下記のネイチャー誌の論説では化学合成におけるAIと自動化システムの活用が進展が遅れている点が論じられている。この議論はAI活用全般における重要な教訓を含み、ポラニーのパラドックスがAI主導のイノベーションにとって重大な障壁となり得ることを示唆している。
化学合成プロセスの新規・改良開発におけるAI活用の主な課題には、以下のものが含まれる:
- 既存のAI出力をテストする自動システムは、人間の化学者に比べて限られた範囲の化学反応しか試行できない
- 十分なデータの不足
- 反応条件が機能しなかったといった、否定的な結果に関するデータの不足
ロボット工学の今後の発展により、より広範な化学反応を試験できる自動システムが確実に実現されるだろう。また、AIシステムの訓練に利用可能なデータ量は継続的に増加している。貪欲なAIモデルが求めるより多くのデータという一般的なニーズは、AlphaFoldのような特化型AIシステムの開発によっても解決される可能性がある。
しかし、否定的なデータ不足の問題は対処が難しいかもしれない。なぜなら、否定的なデータは科学雑誌でほとんど発表されないからだ。化学者たちは「オープン反応データベース」のような取り組みを通じてこの問題に取り組んでいるが、依然として大きな障壁となっている。
ネガティブデータ問題は、科学的革新におけるAIのより深い問題、すなわち同名の科学哲学者にちなんでポラニーのパラドックスと呼ばれる現象を指摘している。ポラニーによれば、科学的発見は経験によって獲得され無意識に内面化された個人的知識に依存する。ポラニーのパラドックスは「我々は語れる以上のことを知っている」と要約できる。
ネガティブデータは、しばしば内面化され表現されない経験であり、個人や科学者集団の個人的知識の一部となる。したがって、イノベーションに不可欠な情報、洞察、経験は、AIモデルが学習可能な言語的表現や具体的な命題形式で表現されない可能性がある。 ネガティブデータとポラニーのパラドックスは、結果としてAIの特定応用における重大な盲点となり得る。科学的発見であれ、法的問題解決のようなあらゆる人的活動であれ、AIモデル利用時には認識が不可欠である。Nature誌の論説が求める「人間の化学者を超える」存在となるには、AIモデルは何らかの形でポラニーのパラドックスを克服しなければならない。
化学分野での応用には、コンピュータモデルが最高の科学者を超える性能を発揮することが求められる。データ収集と共有に向けた取り組みを進めることで初めて、AIは化学分野における期待に応え、単なる誇大宣伝に終わる事態を回避できるだろう。
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